2011年12月16日

●No.949 復興国債...

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東日本大震災への直接的支援ができないので、間接的に協力してきたが、今回は復興財源への協力ということで「復興国債」を購入した。
何と財務大臣名で礼状が送られてきた。
現財務大臣については個人的には全く力量のない大臣と思っている。経済のことがわかっていない者が何で財務大臣なのか ・・・
そんなものを国債購入者へ経費をかけておくることより、その経費を他で使うことがあるではないか・・・・ そんな思いで受け取った。

             

2011年03月20日

●番外  東日本大震災

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今できること:
すべて被災地へ優先!!
節電に努めよう・車は使わない・食料を無駄にしない
そして義援金を送ろう

             

2011年03月13日

●No.915-6 東日本大地震

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未曽有の困難な状況になった東日本大地震(東北関東大震災、東北地方太平洋沖地震)。11日の発生から二日目となったが、多くの被災者、犠牲者となった。13日PMになりM9.0と国内最大級の地震になったことが明らかになった。

一刻も早く救出活動ができるようになって欲しいが津波の爪跡は驚愕の状況だ。
余震も続く。我が家では不謹慎ながらミラーボールの揺れがアナログ感知器となった。
電力・水・食料は不足の状況。
まずは全産業とも被災地優先で対応すべき。被災が軽度の地区は徹底した節電に努めるべきだ。
多くの方の協力が求められる。

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各メディアも全面的に報道番組に切り替わっている。
各国からの支援も開始された。

「You are not alone. You are strong.」 ・・・という海外からのメッセージが嬉しい。

             

2010年01月21日

●No.878 ナショナルフラッグ・キャリア

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ナショナルフラッグ・キャリアは国の象徴である。しかし日本のそれは赤字どころか体質的に荒廃した会社として数十年存在してきた。そしてここにきて大きな問題として浮かび上がってきてる。

30年前jからどのへ行くにも、日本のナショナルフラッグ・キャリアは使ったことがない。とにかく安心して搭乗できる会社とは思えなかったからだ。
いま再生するための方向性が決まったものの、その先は相当困難なものとなるだろう。

晴れた日の尾翼は映えるているが、今後どうなることか・・・・

             

2009年12月20日

●No.872 飲兵衛の理屈

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忘年会シーズンピークの時季。何ともいい習慣だ。
これまで飲み会にどれだけ金をかけてきたのだろう・・・・。飲むだけなら酒屋でアルコールを買ってきて飲めば事足りる。
それでも外で色々な人と酒を共にする。
どれだけ、どのように役立ったかは不明だが、北浦和で見た飲み屋の看板には同調できる。・・・と納得するようにしているのかもしれない。
でもやはり人生に潤いを与えてくれたと思っている。

しかし、いい看板だ。

今年もあと10日、寒い日のひとり忘年会もいいものだ。(^^♪

             

2009年11月25日

●No.869 社会の子

091125.jpgこどもは社会の財産であり将来の日本国にとって大事なものだ。
「こどもたちは社会が育てる」という気風が言語として政権交代で戻ってきたのはいいことだが手法に大きな疑問がある。
一般生活者、若い父親と母親たちの気持ちとの落差があるほど政治家は国民と乖離しているのが現実だ。子ども手当て?金で解決するのではなく社会が育てるというのであれば仕組みで支援していくのが政治であり中長期的政策というものだろう。

新政権、こどもたちの時代に負担をかけてしまう政策は勘弁してほしいものだ。

             

2009年08月30日

●No.861 明日は晴れ?

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選挙が終わった。投票所が閉められて一時間もたたないが政権交代は決定的となった。

明日の日本は晴れるのだろうか。

国家財政は?国民の生活は?安全保障は?世界の中の日本は?・・・・
はとぽっぽは日本のリーダーにはなりえない。
日本に"指導者"はいないのだろうか?

             

2008年01月14日

●No.776 誕生会

080114.jpgこの(?)年齢になると、誕生日をあまり意識しない。
たまたま12日の誕生日に台湾南部に用事があり出かけていたが、この日同行したメンバーも含めむこうにいる友人たちが集まり祝ってくれた。
高雄驛隣にあるユニークなレストランで、食事をしながら楽しく過ごした。

やっぱり嬉しいものだ。

ますます元気で、好奇心旺盛な中年でありたい。

嬉しい2008年1月12日であったが、悲しい12日でもあった。

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